フランスの食文化

私はかつてパリ郊外の小さな街に住んでいました。フランスでは一部の観光地以外では、日曜日には店がすべて閉まってしまいます。パリ郊外の街ともなると、週末は寂しいもので、日本の便利な生活に慣れていた私は当初、少々戸惑いました。

街には小さな銀行があったのですが、昼休みはがっちり2時間取ります。お昼の15分前に駆けつけても、店員は目の前で金網のシャッターを閉じます。「まだ時間があるじゃないか」と抗議しても「ノン」。シッシとあしらわれます。その後、2時間待ちぼうけです。

フランス人が最も大切にしていることの一つに「コンヴィヴィアリテ」があります。家族や恋人、仲間たちと過ごすゆったりとした食事の時間。穏やかに共に食事を取るかけがえのない時ともいえるでしょう。これはフランス人にとっては「至上の価値」です。

彼らにとって、食事の時間は何よりも大事です。私が留学していたときは、日本はバブルの絶頂期。「早飯」は日本のビジネスマンの美徳でした。今はかなりファストフードの店も増えて、パリのマクドナルドも賑わっていますが、お昼休みの食事の時間は何より重大です。それば銀行員も同じ。周りもその「権利」を守ります。食事の際に繰り返される他愛もない(時にくだらない)話がとても大切なのです。

もちろん夜も定時で帰宅。家族や恋人とディネ(夕食)を取ることが大切です。残業でいつまでも家に帰ってこないような旦那は「即離婚」です。週末は、家族や恋人、友人たちと過ごし、ウィークデーの仕事とのバランスを取るための大切な時です。そのことは人生において何よりも優先されることなのです。

フランス人が、夏のバカンスを人生の中で何よりも大切にしていることは、広く知られています。夏の約2週間をただ太陽を求めて過ごすのです。フランス人は1年中、「夏をどう過ごすか」を考えて生きています。しかしこれは、冬のフランスの鬱屈とした長い夜を越えて、体に一定の紫外線を取り入れるためには必要なことなのです。

留学当時、フランス人の友人は、日本人がアリのように働くことを馬鹿にしていました。そんな日本人の会社員も、3年以上フランスに滞在すると、日本に帰国した際に全く使い物にならなくなると言われていました。

私はフランスでの滞在当初、友人たちのダラダラとした遅い食事に辟易していました。いつも私だけがすぐに食べ終わってしまうのです。しかし、そんな私も数ヶ月もするとゆっくり食事を摂るようになり、彼らとの「コンヴィヴィアリテ」が心地よく感じるようになっていました。

フランス留学から日本に帰国後、私はすっかり食事のペースが遅くなっていました。周りの「早飯」の速度に合わせるのに苦労しました。

今、日本の会社員として約30年。社内食堂で食事をとっている時、私の中のフランス人がこうつぶやくことがあります。「もっとゆっくり食べればいいのに」。